東京地方裁判所 平成2年(ワ)3562号 判決 1994年2月22日
原告 小美濃正明
右訴訟代理人弁護士 田中晋
被告 国
右代表者法務大臣 三ケ月章
右指定代理人 柳本俊三
同 藤崎清
同 菅野秀夫
同 山口武
同 西田忠志
同 新居宏朗
同 山本茂次
同 池谷邦夫
同 河本有司
被告補助参加人 山二証券株式会社
右代表者代表取締役 横井国春
右訴訟代理人弁護士 柏倉秀夫
主文
一、原告の請求をいずれも棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. (主位的請求)被告は、原告に対し、別紙物件目録(1)記載の土地について、昭和二五年九月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
2. (予備的請求)被告は、原告に対し、別紙物件目録(1)記載の土地について、昭和二六年二月一七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
3. 訴訟費用は被告の負担とする。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告の祖父である小美濃喜平治(以下「喜平治」という。)は、遅くとも昭和一一年六月ころまでに、山本文六から別紙物件目録(1)記載の土地(以下「本件土地」という。)を賃借し、野菜畑として耕作(小作)していた。
2. 山本文六は、昭和一八年九月二九日ころ、本件土地を株式会社片岡商店(現在の商号は被告補助参加人山二証券株式会社)に売却し、併せて賃貸人たる地位も譲渡した。
3. 被告は、昭和二三年一〇月二日、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)三条に基づき、本件土地を株式会社片岡商店より買収し、昭和二五年五月一八日、その旨の登記を経由した。
4. 喜平治は、自創法に基づき、本件土地を国から売渡を受けたものと信じ、遅くとも昭和二五年九月七日以降、所有の意思により、平穏公然、本件土地を占有した。
5. 喜平治は、昭和二六年二月一七日、死亡し、その子である小美濃源蔵(以下「源蔵」という。)が、喜平治の有した一切の権利義務を相続により承継し、右占有も承継した。
6. 源蔵は、昭和二六年二月一七日以降、所有の意思をもって、平穏公然、本件土地を占有し、二〇年を経過した。
7. 源蔵は、昭和五八年四月一四日、死亡し、その子である原告が源蔵の有した一切の権利義務を相続により承継した。
8. よって、原告は、被告に対し、本件土地について、主位的に昭和二五年九月七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を、予備的に昭和二六年二月一七日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二、請求原因に対する認否
1. 請求原因1の事実のうち、喜平治が戦前から本件土地を小作していたことは認め、その余は不知。
2. 同2、3の事実は認める。
3. 同4は争う。
4. 同5のうち、昭和二六年二月一七日に喜平治が死亡したことは認め、その余は争う。
5. 同6は争う。
6. 同7のうち、昭和五八年四月一四日に源蔵が死亡したこと、原告が源蔵の子であることは認め、その余は争う。
三、被告の主張
喜平治は、株式会社片岡商店から本件土地を賃借して小作していたものであり、昭和二五年九月七日の時点における喜平治の本件土地に対する占有及び昭和二六年二月一七日の時点における源蔵の本件土地に対する占有は、所有の意思のない権原に基づき開始された他主占有である。
四、原告の反論
1. 喜平治は、昭和二五年九月七日、本件土地について被告から売渡がなされたものと信じ、以後、小作料等の支払いをせず所有の意思をもって本件土地を耕作してきたのであり、被告はこの状態を認識しつつこれを容認していたのであるから、右同日、喜平治の本件土地に対する占有は自主占有に転換したものである。
2. 源蔵は、昭和二六年二月一七日、相続に基づき本件土地に対する事実上の占有を開始し、以後、小作料等の支払いをせず所有の意思をもって本件土地を耕作してきたのであり、右同日、源蔵は「新権原」により本件土地を自主占有するに至ったものである。
五、被告の認否及び反論
1. 喜平治が、昭和二五年九月七日以降、小作料等の支払いをせずに本件土地を耕作してきた事実は認め、右同日、喜平治の本件土地に対する占有が自主占有に転換したことは争う。
2. 源蔵が、昭和二六年二月一七日、相続に基づき本件土地に対する事実上の占有を開始し、以後、小作料等の支払いをせず本件土地を耕作してきた事実は認め、右同日、源蔵が「新権原」により本件土地を自主占有するに至ったことは争う。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因事実のうち、喜平治が戦前から本件土地を山本文六から小作していたこと、山本文六は昭和一八年九月二九日ころ、本件土地を株式会社片岡商店に売却し、併せて賃貸人たる地位も譲渡したこと、その後昭和二三年一〇月二日、自創法三条に基づき被告が本件土地を買収により取得し、同二五年五月一八日、その旨の登記を経由したこと、他方、喜平治は昭和二六年二月一七日に死亡し、さらに昭和五八年四月一四日には源蔵が死亡したこと、原告がその子であることは、いずれも当事者間に争いがない。証拠(甲一二、証人加藤正一、原告本人)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件土地は、野菜畑として、戦前から喜平治が耕作し、その後、その相続人である源蔵が耕作し、さらに源蔵死亡後は、その相続人である原告が耕作を継続しており、一貫して野菜畑としての耕作として占有が継続していることが認められる。
二、そこで、取得時効の成否について検討する。
1. 喜平治の本件土地に対する占有は、前示のとおり、山本文六からの小作、すなわち地主占有により開始したものであることは明らかであり、他主占有が自主占有に転換するには、自己に占有をなさしめた者に対する所有の意思表示又は所有の意思を伴う新権原の取得が必要である(民法一八五条)。
2. これを本件についてみるに、農地改革が遂行された昭和二五年当時において、喜平治が被告に対し、本件土地を占有する旨の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。
3. そこで、新権原の取得の有無について判断するに、新権原があるというためには、他主占有者の内心の意思の転換(所有の意思への)が推認されるような客観的な状況が存することを要するものであるから、この点について検討する。
(1) 証拠(甲四、六、八、一二、証人加藤正一、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、昭和二五年当時には農地改革が遂行され、多くの小作農地が小売人に売り渡されていたこと、喜平治が小作していた別紙物件目録(2)記載の三筆の土地についても自創法第三条に基づいて喜平治に対する売渡しがなされたこと、以後四〇年以上にわたって、喜平治、その子である源蔵、その子である原告が、本件土地を耕作し続けてきたこと、その間原告らは小作料を支払わず、被告は原告らに対し何の異議も唱えなかったことが認められる。
(2) しかしながら、原告らは、本件土地の耕作を続けている反面、本件土地について、現在にいたるまでの長期間にわたり登記をしないまま放置しており(甲一、二)、公租公課をも負担していない(乙一〇)。
また、昭和二五年当時の農地売渡しの手続においては、都知事は売渡しの相手方に対し売渡通知書を交付し、右通知書に記載された時期等をもって売渡しの効果が発生するものであり、本件土地以外に三筆の土地の売渡しを受けていることからすれば、喜平治は、当然、これらの手続を知っていたものと認められ、本件土地について売渡通知書の交付がないならば、売渡処分の真否、手続上の過誤の有無等を関係機関に問い合わせるなどして、調査、確認すべきであるのに、そのような行動に出たことを窺わせる形跡はない。
さらに、喜平治が売渡しを受けている三筆の土地と本件土地とは地続きではなく離れている上、それぞれの土地の被買収者(前所有者)も、三筆の土地のうちA土地については宮田一三(甲四)、B土地については加藤惟善(甲六)、C土地については鳥堅團一(甲八)、本件土地については株式会社片岡商店(甲二)と異なっており、買収及び売渡しの手続がなされた時期さえも、A土地については、昭和二二年一〇月二日買収、同日売渡しをなし、昭和二五年四月一八日買収登記、同年七月一七日売渡登記を経由、B土地については、昭和二二年一二月二日買収、同日売渡しをなし、昭和二五年四月二五日買収登記、同年七月二五日売渡登記を経由、C土地については、昭和二四年七月二日買収、同日売渡しをなし、昭和二五年六月二八日買収登記、同年九月七日売渡登記を経由しているというようにそれぞれ異なる時期になされているのであるから、喜平治自身、それぞれの売渡処分は別個のものであると認識していたものと考えられる。そうすると、本件土地について、小作していた三筆の土地が実際に売渡しを受けたからといって、これらと一括して売渡しを受けたと信じて本件土地に対する所有の意思に基づく占有を開始したと認めることは困難である。
(3) 以上の認定事実によれば、他主占有で開始した喜平治の本件土地の占有に際し、昭和二五年当時、他主占有者の内心の意思の転換(所有の意思への)が推認されるような客観的な状況が存したということはできない。
4. よって、昭和二五年九月七日における自主占有への転換は認められない。
三、予備的請求について判断する。
1. 前示のとおり、喜平治の本件土地に対する占有は他主占有であり、このような他主占有を相続した相続人が民法一八五条にいう「新権原」により所有の意思をもって占有を始めたものというためには、相続人が、被相続人の死亡により、相続財産の占有を承継したばかりでなく、新たに相続財産を事実上支配することによって占有を開始し、その占有に所有の意思があるとみられることが必要である。
2. ところで、所有の意思の有無は、相続人の所持の態様によって客観的に定めるべきであるところ、本件においては、昭和二六年二月一七日の喜平治の死亡により源蔵が占有を開始した後においても、野菜畑の耕作という占有の状況に変化はなく、相続登記もなされず、公租公課も支払っていないことは前示のとおりであるから、源蔵による占有も所有の意思ある占有と認めることはできない。
3. この点、原告は、本件土地について当然売渡しを受けたものと信じていたのであるから登記手続をしようなどとは考えるはずもなく、固定資産税についても、複数の土地に対するものであっても納付書上は一括した金額を記載してあるのみであって、どの土地についていくらの納付をしているかを知ることはできず、本件土地についても当然納付しているものと考えていた旨主張し、原告本人の供述中には右に沿う供述部分がある。
しかし、相続の際には相続税申告の手続や遺産分割等のために自己の相続した財産について調査するのが通常であり、実際に源蔵及び原告はその所有する三筆の土地については相続登記を済ませているのであるから(甲三ないし八)、少なくとも喜平治の死亡後相続手続を済ませた段階で本件土地が喜平治の所有名義となっていないことについては当然認識して然るべきである。そして、源蔵が本件土地の所有者であるならば、当然本件土地が自己名義でないことに疑問を持ち、関係機関に問い合わせるなりして自己名義の回復に努めるはずであるのに、かかる行為に出たことを窺わせる証拠はなく、本件土地の登記を放置している。
4. 以上の事実を考え合わせると、源蔵は相続に際して本件土地に対し新たに所有の意思に基づく占有を開始したと認めることはできない。
5. よって、昭和二六年二月一七日の相続の時点における占有の転換は認められない。
四、以上の次第であるから、原告の本訴請求は、いずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 吉田健司)
<以下省略>